FC2ブログ

カウパー通信社 エログ支局

カウパー通信社 エログ支局では、些細なエロネタからかなりの猥褻ネタまで、世界のエロ情報を発信していきます。

売春上等…不倫なんかもってのほか…

売春に関して文明は、色々な見方で理解し、指導し、統制してきました。古代メソポタミヤやギリシャ・ローマでもそうです。ただ、現代と決定的に違うのは「子孫を残すこと」に対し寛大で、「姦通」に対して厳しかった事です。

この頃の結婚というのは、愛の営みというよりは子孫を残すことを前提にされていました。しかも、男性と女性の地位格差は歴然としていて女性は男性に完全に支配されていたのです。これは、女性の地位向上が叫ばれるようになった極最近まで各地で見られたことです。
当時、すでに一夫一妻制が取られていた地方では女性が子供を産めない場合は男性は離婚をしてもよいという法律がありましたし、姦通を犯した女性を奴隷の売春婦として売ってもいいという法律もありました。それに、奴隷として買われた女性を主人は売春婦として働かせてもいいという記述もあります。そういう時代でした。

これだけ見たら、男性は絶対権力を持って何しても良かったんだという風にとられますが、そうではありません。自由人の女性と関係を持つことが大変難しかったといわれています。自由人の女性は、夫以外との性交渉は厳禁されていたのです。婚前交渉や不倫などもってのほか。しかも、婚約者は親同士が決め自分ではどうにもならなかった時代です。
法典によっては婚前交渉や姦通を行った男性は性器を切り取られたりすることがあったそうです。しかし、自分の奴隷や売春婦に対しての性交渉は上記の範囲ではなかったのです。あくまで、自由人の女性に対しての法律です。

今のように、若い女の子が肌をさらして街中を闊歩している時代ではなかったので、婚前交渉が認められていない世界の男性の性欲の捌け口がオナニーだけだとするとおそらく性的な鬱憤が何らかの形で爆発することは目に見えています。

 そこで、お金をもらって性欲を処理する女性が出現したのです、当時女性に認められていた職業が、巫女か酒場の女主人か売春婦だったのはこのような環境が原因しているとおもわれます。しかも、巫女も酒場の女主人も大概の場合売春婦をかねていたことが多かったらしいので、女性に認められた職業は売春婦だけだったのです。
 売春婦には、自由人の売春婦もいましたし奴隷の売春婦もいました。自由人の売春婦は、本当に好色な女性が身をやつす場合もありましたし(姦通の罪で旦那に売られた)、売春婦の家系に生まれた子供は大概売春婦の道を選ぶほかなかったようです。一般的に自由人の売春婦は自由人相手に商売をしてましたから、比較的お金を持っていることが多かったようです。しかし、奴隷の売春婦はあくまで商品として売買され、低所得者層や同じ奴隷を相手に商売していたため大変に劣悪な環境で働いていました。病気も蔓延していたらしく、短命の女性も多かったようです。

スポンサーサイト
[PR]

  1. 2007/02/11(日) 11:09:49|
  2. エロ雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

エロい和装美人の第2弾!!

お待たせしました、和装・浴衣第二段です!

ご要望にお答えいたしまして、マンを辞してお送りする和装・浴衣の第2弾。
今回は、動画も探してみました。


70201cowwa11.jpg



和装美人の艶姿21
和装美人の艶姿22
和装美人の艶姿23
今日の着エロ画像は?
和装美人の艶姿24
和装美人の艶姿25
和装美人の艶姿26
和装美人の艶姿27
今日のOL画像
和装美人の艶姿28
和装美人の艶姿29
和装美人の艶姿210








だましのないサイト→フェチの用心棒




  1. 2007/02/01(木) 18:18:21|
  2. エロ雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

張形(和製ディルドー)の歴史

張形(和製ディルドー)の歴史

昔から性器を模した物が宗教的に沢山作られています。道祖神や陰陽石(男性性器を模った石)がその代表です。勃起した男根は陰陽思想での陽の象徴ですから、魔よけとして村の入り口に置かれたり、神棚に置かれたりされています。

しかし、性具としての歴史はあまりよく分かっていません。

張形は、いわゆるディルドーの事で男性性器を模した女性向けの性具です。また、吾妻形はその名のとおり男性性器を模したもので男性向けの性具です。
 歴史を紐解く中で張形の方がたくさんの実物や資料が残っているそうです。それは、土の中に埋もれた場合、石などで作られた張形のほうがよい状態で残っていたものと考えられます。

平安時代からあった張形 ディルドー
奈良・平安時代の遺構から、植物(蔓芋)の蔓や木で作られた張形が出土しています。
江戸時代のおわりまでは庶民の暮らしとSEXはフリーな時期でしたのでこう言った器具を使うのは社会レベルの高い貴族や女官たちであったという推測がされています。
 
気になるその大きさは、一様に14センチメートルから20センチメートルくらいが主流だったといわれています。それ以上大きいものは、信仰の対象になっていたようです。

その素材ですが、石・木材・芋茎・象牙・鼈甲・牛の角・金属・陶器など多岐にわたっています。その中でも、触感や硬さなどで最高とされたのが鼈甲と水牛の角であったと言われています。
素材の中で、芋茎(ずいき)を使用したものがあります。芋茎とはサトイモの茎を乾燥させたものです。それを再び水に戻すと粘液が発生しローションのようになります。また粘膜に付いた時のむずむずとした痒みと催淫効果があります。その芋茎を編み上げ張形とした物も重宝されました。女性に対する効果から芋茎を随喜と書く資料も有るほどです。

今でも、バイブレーターの形状が多種多様にあるように当時の張形にも色々なタイプがありました。<スタンダードタイプ><根本に穴が開いたタイプ><双頭タイプ>など。
 形状別に使い方を示した浮世絵が残ってます。
スタンダード型は、いわゆる手でする自慰行為に使われたみたいです。
根本ひもを通すタイプは、脚のかかとに結びつけたり、下女の腰に付けたり、弓の反動を利用したり、など多種にわたる使用方法があったようです。
今でもレズビアン等で使用される双頭タイプは、現在と同様に大奥内での同性愛に使用されました。






だましのないサイト→フェチの用心棒




  1. 2007/01/12(金) 15:33:19|
  2. エロ雑感
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

日本尿党 東大阪支部 推薦 日本人のおしっこEX



皆さん、尿党という存在を知っていますか?
全国に1000万人という党員数を抱える大規模な党で、党の基本理念は「尿をする女の子を愛でる」という単純なものです。
我がカウパー通信社でもいろいろな取材の結果確かに、また着実に党員数を伸ばしている党であるといえます。

尿党のサイト http://www.din.or.jp/~goutin/nyo/index2.htm

だましのないサイト→フェチの用心棒





  1. 2007/01/03(水) 14:31:16|
  2. エロ雑感
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

彼女にコンドームを付けてもらう(笑)

皆さん、それなりにエッチのことは知っているとは思うけど…
たとえば、彼女(彼)の性感帯とか…(笑)、好きな体位とか…。

たとえば、コンドームの付け方とか…。
そりゃ、男は知ってると思うけど、なんていうんかな。
コンドームつけてる間の時間的空白が性的快感曲線を途切れさせ急に萎えてしまう…みたいな事ありませんか?
その店、女の子につけてもらうとそれなりのスキンシップもはかれ、その時間的な空白を埋めることができると思うのです。








だましのないサイト→フェチの用心棒


  1. 2006/12/26(火) 17:18:55|
  2. エロ雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

吉原の成り立ち

 現在、ソープ街として繁栄している吉原は、東京都台東区千束四丁目にあります。
しかし、遊郭 吉原はもともとここにあったわけではありません。

 吉原遊郭誕生の前には、色々と面白いお話があります。

江戸という町に幕府が開かれたころは、都市建設のための労働者や赴任してきた武士のために男ばかりのむさくるしい町だったようです。なお、男性比率が高いという状況は幕末まで続いたそうですが。そうなると、春を鬻ぐもの達が徐々に集まり始め、江戸のあちこちに岡場所と呼ばれる非公認遊郭が乱立していていました。遊女屋の乱立は治安の低下を招くだけでなく、遊郭自体の過当競争にもなりかねません。
それを危惧した、庄司甚内という男が徳川家康に幕府公認の遊郭を作って欲しいと申し出ました。そして、江戸唯一の幕府公認遊郭 吉原が誕生したのです。
ちなみに、吉原誕生当時は昼のみの営業で、主に営業対象は武家だったという事です。開設当時は御武家の家まで遊女をデリバリーしていたそうです。その際のパレードが花魁(おいらん)道中の始まりだと言われています。
吉原に移ってから夜間の営業も許可され、時代の変遷を経て今に至っています。

出来た当時、そのあたりが「葦(よし)」の原だったために、「葦原」と呼ばれていました。
しかし、縁起を担ぐために「吉原」という名前に変りました。また、吉原の場所ももともと、日本橋人形町にあったのですが大火事で焼け出され今の千束四丁目に移りました。そのため、元にあった吉原を「元吉原」新しく出来た、吉原を「新吉原」と呼ばれたそうです。

 吉原の創始者 庄司 甚内 本名 庄司 甚右衛門と言う人物、なかなかのやりてだったようです。生没年は不明で、出生地も小田原であったという説と駿河吉原であったと言う説の二つあります。
 しかも、一つの説は小田原の北条家に仕える忍者で北条家滅亡後は盗賊となり、同じ甚内という名前を持つほかの二人と共に 「三甚内」という盗賊団を結成したようです。苗字があるのもそのためで、彼自身がこの商売に手を出していることに恥じていたのか、成り立ちをあまり明かしていなかったそうです。
 ちなみに、彼の経営する遊女屋の暖簾には鈴が付いており、お客さんが入るたびにちりんと風流に鳴って、それを合図に出迎えが挨拶をするという仕組みになっていました。そのため、その遊女屋の近辺は「鈴ヶ森」と呼ばれるようになったそうです。

また、もう一つの説は駿河吉原の主人で、関が原の戦いに赴く家康に対し各宿場で女性の手配を整えていたという説があります。
どちらの説だったとしても、新吉原に移ってから350年ほどがたちますが、ずっと吉原が艶町であったのですから、この庄司 甚内という人物の功績は大きかったのではないでしょうか?





  1. 2006/12/14(木) 21:08:59|
  2. エロ雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

愛経 カーマスートラ


 前回までの、中国のお話から一息ついて今回と次回は印度のSEX教本「カーマスートラ」についてお話していこうと思います。
 中国に継ぐ人口大国インド、このインドという国も性について書に残すという偉大な行為を行った国であります。その代表格は「カーマ・スートラ(愛経)」。初出は、紀元前六世紀といいますから、世界最古の性典であるといっていいでしょう。
 映画にもなってますし、入手も可能です。興味がおありなら、本屋で入手することも出来ます。
 この「愛経」に、「愛秘 ラティラハスヤ」、「愛壇 アナンガランガ」を加えてインドの三大性典と呼びます。
 実際の話、私が目にしたことのあるのは、「愛経」だけで、他のは見たこと無いです。

 また、インドの媾合文化の集大成といえるのが、カジュラホの遺跡ではないでしょうか。
 妖艶にして神秘な世界遺産「カジュラホ」。この遺跡は、10世紀チャンディラ王朝の首都だった所に建立された10数カ所のヒンドゥ教の寺院を中心とする遺跡です。
 豊満で美しい女神像やミトゥナと呼ばれる男女合身像を中心に、王族から庶民まで色々な媾合(SEX)が描かれています。
 インドの文化の中で、この「ミトゥナ(男女合身像)」の意味合いというのは、主にシヴァ神信仰に多く見られます。立位と座位が多いような、気がします。

 聖天(ガーネイシャ)も「ミトゥナ」を取っていることがあります。しかし、頭が象ですので、象の媾合を見ている かのようです。この神も、たどっていけばシヴァ信仰に結びついてくるので根本はいっしょなのかもしれません。
 さて、話をカーマスートラに戻します。

 カーマスートラは、中国のSEXをすることによって生気を高めるというような仙人的性文化ではなく愛するためにはどうすればよいかという大変にロマンティックな内容になっています。

 目次を見ても、「キスのテクニックについて」「SEXの動作」「性愛のマナーについて」「最上の女性と結婚する方法について」「人妻を誘惑することについて」「女性の愛情を試す方法について」「情人(愛人)から経済援助を上手に得る方法について」など、現在でも通用するような内容が含まれています。
 
 カーマスートラで言う「良いSEX」とはいったいどのようなものでしょうか。

 男性は射精の快楽でSEXの終わりを意味するが、女性はSEX全体を通じて快楽を得る。つまり、男性の快楽よりも長く、そして深い。また、女性によって、その快楽をすぐ得るものもいれば快楽を達成するまでに時間がかかるものもいる。
 その満足を与えるのは、男性の役目である。女性は、SEX中に大なり小なり愛液を流すが、愛液を流すことが必ずしも性的に満足している状態ではなく。最高の快楽を得るには、女性を愛するという男性の気持ちと行動、そしてそれに呼応する女性の気持ちと行動があったればこそなのである。
 
 この「仙人の秘め事」で扱ってきた内容とは少し違うスタンスでSEXのことに触れています。印度の王侯貴族向けに書かれたことには違いありませんが。文章中に「愛」という言葉が度々登場します。「娼婦」の段にも「愛」という言葉が登場します。
 皆さん、愛のあるSEXをしていますか? 

 さて、次回の「仙人の秘め事」は、カーマスートラ実践編です。







  1. 2006/11/29(水) 07:47:16|
  2. エロ雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

よいSEXとは何か?

よいSEXとは何か?

中国に「和志(わし)」ということばあがあります。「和志」とは、文字の通り志(こころ)を和やか(おだやか)にすることです。
 男女の交わりとは、肉体的な交接に先んじて、双方の精神的な和が必要であるということです。
 陰陽の考え方はすべて、この和が基本に流れているのです。

 仙人 洞玄子は、この和志の志についてこういっています。
「太陽が、東から出て西に沈み、春夏秋冬が絶え間なくなやってくるように、物事には不変の道理というものがある。
男と女の中で、そのSEXをしたいという気持ちが空回したり、そのような状態の中でSEXを続けるということはお互いのためによくないことである。
 そのため、太極図の様に男は必ず天のごとくに左から右へと廻り、女は必ず地のごとくに右から左へ回る。男は、上から下へと衝き下ろし、女は下から上へとそれに答えなければならない。
 このように、天地の道理にしたがってSEXするなら天地平安におさまるが如く男女の間もバランスを保って調和すると思うのだ」
 SEXも男女のバランスと双方の精神的安定が必要であると述べている洞玄子。
この思想を実践するためにどのようにすればいいか? 彼はそのSEXの実践に追求してさらにこう言っています。
「初めて、SEXをする男女の交わりでは羞恥心がその双方の調和を乱すことが多い。
SEXでは、最初男は女の左側、女は男の右側に寄り添うようにする。次に、男は両足を投げ出して座り、女を抱き、その腰のくびれをきゅっと抱きしめる。優しくその体を撫で回すと、彼女は愛くるしい表情であなたの体にまとわりついてきて、お互いの気持ちが「SEXをしたい!!」ということで一つになる。
 それから、緩急をつけてお互いを愛撫しあって気持ちが高ぶると、自然に二人の唇がにっこりと開くものだ。
 男は女の下唇を、女は男の上唇を同時に吸いあって、そのつばを絡める。
 それからは、流れに任せるようにキスをしたり頭を撫でてみたり、耳に息を吹きかけたりするのだ。上半身の愛撫は優しくゆっくりと、しかし、下半身の愛撫すこし荒々しくしながら丁寧に前戯をする。そうすれば、体の硬さや心の恥じらいも解けてしまう。
 そうなれば、しめたもので女の左手で陽物(つまりおとこのアレです)優しく握らせ、男は右手で女の玉門(つまりおんなのアレです)を撫でる。
 すると、男は女性の陰の気によってたちまち陰茎が天に高峰が天の川にそびえるように勃起する。そして、女も男の陽気によって、丹穴(玉門に同じ)は滾々と清水が湧き出る泉のようになっているだろう。
 これは、陰陽の二気がバランスよく調和して出来た結果であり人間の力でどうこうできることではない。
 男女が、この段階にいたって初めて交わるべきである。これが、よいSEXの前提である」

 SEXは、男と女の調和を大事にする行為であるとする中国の思想をよく現している言葉ではないかと思います。
 前戯については、「玉房指要」の劉京道士もその必要性を説いていますし、玄女も黄帝に男女の調和を図る重要な行為として紹介しています。

 SEXは、肉体と気持ちのぶつかり合いであることが多いですが、和志の志を持ってゆっくりとしたSEXライフを楽しむのもいいのではないでしょうか?






  1. 2006/11/25(土) 14:32:07|
  2. エロ雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

みんなMになる

みんなMになる

1127cowpor.jpg



風営法の施行により日本の性風俗業界から、公式な「本番行為」が消えてからもうかなり長い時間が経つ。
ある本の中で、こんなことが書かれていた。

「風営法による買春行為の禁止は、『本番行為さえさせていたら勝手に男が果ててしまう。』というような観念を売春婦から奪ってしまった。
売春婦は、オーラルなりハンドなりサービスで男を射精で導かなくてはならなくなったのだ。この事態は男性が攻めるという機会を奪い、女性が攻めるというような状況を生んだ。
性的に男と女の立場が逆転したのだ。ヌキに行くのではなく抜かれに行く男を激増させ、男はみんなサービスされることになれてしまった。これは、男のM性を開発してしまったことに他ならない」

私も、この意見に同意する。

いくら「いじり好き」でも最終的には逝かされてしまう。腰を振って自ら逝くという事は、公式な風俗営業ではなくなったと見て間違いはない。

これから、男はみんなMになるのかもしれない。


  1. 2006/11/24(金) 17:06:39|
  2. エロ雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

風俗の定義

皆さんが普段使用している、「風俗」という言葉。
なにか違和感を感じたことはありませんか? 私は「風俗店」という意味合いの「風俗」という言葉は本来の風俗の意味とは少し違った意味で使用されていると思います。
 さて、本来の風俗とはいったいどういう意味なのか?

辞書によると、
1)(ある時代・地域・階層に特徴的に見られる)衣食住など日常生活上のしきたり。ならわし。
2)身なり。よそおい。

と言った意味合いで紹介されています。
さて、それでは私たちがよく使用する意味での「風俗」とは何によって定義付けられたものなのでしょうか? 

それは、皆さんがよく耳にする有名な法律、「風営法」です。

風営法」とは、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」というながったらしい名前の法律の略で昭和23年に施行されました。
この中の(目的)第1条のなかにこのような記述があります。

第1条 この法律は、善良の風俗と清浄な風俗環境を保持し、及び少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため、風俗営業及び性風俗関連特殊営業等について、営業時間、営業区域等を制限し、及び年少者をこれらの営業所に立ち入らせること等を規制するとともに、風俗営業の健全化に資するため、その業務の適正化を促進する等の措置を講ずることを目的とする。

ここからは、あくまで私の推測ですが、通常の風俗は違う風俗行為を営業手段としている事から公安側の呼び名として「風俗営業」とか「性風俗関連特殊営業」などと呼ばれるようになり、それが「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」という法律によって一般的な呼び名になっていったのではないでしょうか?

 ただし、われわれの言ういわゆる「風俗」の意味と「風俗営業」とはまた違う定義のようです。
結構分類が細かいので省略させていただきますが、われわれの言う「風俗」と同義な物は法律的に言えば「性風俗関連特殊営業」になります。
 「風営法」第2条第6項によると、「店舗型性風俗特殊営業」とは

1.浴場業(公衆浴場法(昭和23年法律第139号)第1条第1項に規定する公衆浴場を業として経営することをいう。)の施設として個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する営業

2.個室を設け、当該個室において異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する役務を提供する営業(前号に該当する営業を除く。)

3.専ら、性的好奇心をそそるため衣服を脱いだ人の姿態を見せる興行その他の善良の風俗又は少年の健全な育成に与える影響が著しい興行の用に供する興行場(興行場法(昭和23年法律第137号)第1条第1項に規定するものをいう。)として政令で定めるものを経営する営業

4.専ら異性を同伴する客の宿泊(休憩を含む。以下この条において同じ。)の用に供する政令で定める施設(政令で定める構造又は設備を有する個室を設けるものに限る。)を設け、当該地該を当該宿泊に利用させる営業

5.店舗を設けて、専ら、性的好奇心をそそる写真、ビデオテープその他の物品で政令で定めるものを販売し、又は貸し付ける営業

6.前各号に掲げるもののほか、店舗を設けて営む性風俗に関する営業で、善良の風俗、清浄な風俗環境又は少年の健全な育成に与える影響が著しい営業として政令で定めるもの

1は、いわゆるソープランド、2は、ヘルスやイメクラ、3はストリップ、4はラブホテル、5はビデオ試写室のことでしょうか。

 重箱の隅をつつくようなことかもしれないですけど、6の「店舗を設けて営む性風俗に関する営業で、善良の風俗、清浄な風俗環境又は少年の健全な育成に与える影響が著しい営業として政令で定めるもの」という記述は、健全な育成に与える影響が著しいと書いてあるだけで、どう影響を与えるものかは書いていないんですよね。

そのほか、条項の中にはデリヘルや出会い系サイト・テレクラに関する条項もちゃんと含まれています。新しい業種の風俗産業が発生する度にこの法律は頻繁に改正が加わっているようです。

 その昔、「艶遊び(いろあそび)」や「遊郭」などとよばれた、「性風俗関連特殊営業」は一般用語として「風俗」という言葉に落ち着いた感があります。しかし、この言葉が使われはじめたのは意外にも比較的最近のことなのでした。




  1. 2006/11/17(金) 17:10:55|
  2. エロ雑感
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0
次のページ